「何てことをしてくれたんだ!!」



私達が別行動をしている間に、芹沢さんがとんでもない事件を起こしていた。
永倉さんが言うには、道を避けなかった力士に、芹沢さんが斬りつけた…とか。

「フン!力士風情が、我々に道を譲らんのが悪いのだ!」
「そうは言っても、斬りつける必要はないでしょう!」


言い争っている芹沢さんと山南さんを横目で見つつ、永倉さんが私に話しかける。
「オメーら、到着が随分遅かったよなぁ?何処でナニしてたんだ?」
「はぁ?」
突然何を言い出すのかと思えば。
しかも、この状況を分かってて言ってるの?
呆れて返答する気力すら起きない。



「そういう永倉さんこそ、芹沢さんと一緒にいながら、どうして止めなかったんですか?」

「一瞬の出来事だったんだぜ。俺にゃあ止められねぇよ。」



確か、山南さんが芹沢さんと行動を供にしていたとしても、この状況は避けられなかったんだよね。
………となると。
「復讐に来ますね…」
ボソッと呟いた私の一言に、それまで言い争っていた二人が反応する。
「やっぱり、君もそう思うかい?」
「上等だ。返り討ちにしてくれるわ!」
「だから、どうしてそうなるんですか。もっと穏便に…」
そのやり取りを見ていると、だんだん山南さんが気の毒に思えてきた…。




そんな時だった。

「来やがったぜ。相手は……五十名ってとこか?」
そう言って原田さんは、静かに槍に手を伸ばした。
「サンナンさん。こういう事態になっちゃあ、もはや穏便に話合いで解決ってのは無理だろう。」
山南さんは、眼鏡に手を掛け、ため息をつくと立ち上がった。
「仕方ないな…このままでは、この店にも迷惑がかかる。我々も外に出ようか。」
「いや、お前はここに留まれ。」
「……………!?」

そう山南さんを制したのは、芹沢さんだった。



「ここにはもいるし、奥間にいる斎藤もあんな状態だ。万が一…ってこともあるだろう?」
「そうですね。」
「な〜に、あんな力士風情、赤子のように捻り潰してやるから心配はいらんわ!」
「……くれぐれも、無茶はしないで下さいね。」



「さてと……そろそろ始めようか。」
そう言うなり、芹沢さんは窓を開けると、勢いよく飛び降りていった。




ちょっと待って!?
ここって確か、二階じゃなかったっけ!?



「あ〜っ!芹沢さん、ズルイですよ〜。」
「ちっ…しゃ〜ねぇなぁ。」


芹沢さんを追って、他の隊士達も窓から飛び降りてしまった。
なんでこんな高い所から飛び降りて、無傷なんだろう…
私達の時代には、考えられない事だよね。


とうとう、力士との乱闘は始まってしまった。
角棒と刀のぶつかり合う音と、怒号が響いている。





ふと山南さんの表情が変わったかと思うと、山南さんは自分の刀に手を掛けた。
「……山南さん?」
「しっ!………どうやら、芹沢さんの予想は的中したようだね。」
「…………!!」
耳を澄ませてみると、何やら下が騒がしい。


「相手が大勢だと、この状況で戦うのは不利だな…」


山南さんの言う通りだ。
斎藤さんだって、体調が悪くて戦える状態じゃないし、私も戦闘では足手纏いになるだけ。
山南さんは、斎藤さんと私を気にかけながら戦わなければならないのだから、当然不利になる。


「戦いを避けられればいいんですか?」
「ああ、できればそうしたいけど…でもそれは難しいかな。」
力士たちが、階段を上がってくる音が聞こえてくる。
山南さんにも緊張が走ってるのがよく分かる。


もしかしたら…戦いを避けられるかも。


そう思った私は、思うより先に体が動いていた。
「山南さん!こっちへ…」
くん!?」
「刀は外して、ここに置いて下さい。早く!」
部屋に敷かれていた布団の側へ、山南さんを引っ張っていき、そう促した。
もう力士達は、部屋の側まで来ているはず。
説明している暇はない!
山南さんも、何かを感じたのか、手早く刀を外し、床に置いてくれた。


「山南さん…ごめんなさいっ!」


私は小声で山南さんに謝り、自分の着物の胸元をバッと開いて、そのまま山南さんを抱きかかえる様にして、布団に引き倒した。
ちょうどその時だった。



「おい!入るぞ!」



部屋の外で大きな声がし、勢いよく襖が開いた。
現れたのは、力士七人。


普通に相手をしたのでは、無傷では済まないかもしれない。
だったら、この場所を上手く利用させてもらおう。


「嫌やわぁ〜!これからええトコやったのに……」

「なっ……!おっ…女!?」


私の声と、少し乱れた姿に、力士達は驚き慌てふためいている。
これは…もう一押しかな。
「私と先生の大切な時間を、邪魔せんといてくれます?」




うわ〜どうしよう…もう少しなのに、だんだん手が震えてきたかも。




すると山南さんが顔を上げ、首に回していた私の手を外すと、やさしく微笑んでこう言った。
「可哀相に、震えているね。私がいるから大丈夫だよ。」
そして視線を力士に移した。
「君達があまりにも無粋だから、彼女が怖がっているじゃないか。」


もしかして、雰囲気で察して、芝居にのっかってくれたのかな?
さすが山南さん!


「うっ…それは…だな。ここに隠れている侍達を…」
力士が話し終わるか終らないうちに、山南さんが私の首筋に顔を埋める。
「………きゃっ!」
突然のことに驚いて、思わず叫んじゃった。


こ…これも芝居……なの?
山南さんの吐息がかかって、くすぐったいんだけど…。
頭がおかしくなりそう。
「ちょ…っ、待って!人がいるのに……」
「構わないさ。見せつけてやればいい。」
山南さんは、そう言ってくすっと笑うと、再び視線を力士達に向ける。


「どうする?この続きも見ていくかい?」

「……っ!……失礼した!」


顔色を変え、慌てた力士達は、犇めき合いながら、我先にと部屋を出ていく。
私達は、静かになるまで、そのまま部屋の入り口を見つめていた。



「行っちゃった…?」
「そのようだね。」



何とか、あの力士達を欺く事が出来たんだ…
ホッとしたら、体の力が抜けてきた。
「あの……君。」
「はい?」
「目のやり場に困っているのだが、このままでも構わないのかな?」
「え……?あっ…!」
私は慌てて胸元を隠して起き上がった。
「ごっ……ごめんなさい!お見苦しいものを…」
今更ながら、先程の自分の行動を思い出して、恥かしくなる。
顔から火が出そう…。
きっと山南さんも、呆れてるよね。



「見苦しくなんかないさ。こういうのを役得というのかな?」
「や…山南さん?」
「力士達が帰らなければ、もう少し楽しめたのにね。」
「お願いですから、忘れて下さい!」
くすくすと笑いながら、山南さんは話を続ける。
「それにしても、よく咄嗟にあんな事を思いついたね。」
「必死だったんですよ。何とか戦わずに済むようにって…。」
「ありがとう、おかげで助かったよ。」
そう言った山南さんの顔からは、笑みが消えていた。


この表情には、見覚えがある。
山南さんが、攘夷の話をする時に時折見せる、憂いた表情だ。
強いのに決して腕で物を言わせるようなことはしない。
侍でありながら、人を斬る事を良しとしない。
山南敬助とは、そういう人だ。



「無駄な血が流れずに済んでよかったです。無益な争いは心を痛めるだけですからね。」



私が口にした言葉に、山南さんは一瞬驚いていたけれど、すぐさまそれは笑顔に変わった。
「君がそう言ってくれるなんて思わなかったな。」
その笑顔は、この世界に飛ばされた時から今まで見てきたそれとは、違っていて…
私は心が落ち着かなくなってしまった。


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